2010年1月17日日曜日

ブライトン到着

木曜にブライトンに到着しました。長いフライトだったので相当疲れましたが、一晩寝たら元気になり、翌日大学へ行って来ました。ブライトンは、町並みも大学もほとんど変わらないです。大学に行く途中、ロイヤル・パビリオンを見たら、イギリスらしからぬ建物ですが、逆にブライトンに帰ってきたと感じました。変わったこと言えば、IDSの入り口の改装工事が終わって、写真のようにカラフルになっていました。

月曜に春学期が始まったのですが、雪のために水曜は休校になったそうです。その後、寒さが和らいで雪が溶け始めていて、いい時に帰ってきたねと言われました。

指導教官のお2人にもご挨拶しました。時差ぼけはないです、と言ったら、それは明日来るよ、と言われました。そんな筋肉痛みたいな・・と思っていたら、確かに朝6時前にぱっちり目が覚めます。イギリスの冬は夜が長いので、明るくなるまでしばらく時間があるのですが、せっかくなので早寝早起きでいきたいと思っています。

2010年1月5日火曜日

新年

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。お正月は7年ぶりに家族とゆっくり過ごしました。毎年、お正月は日本が一番いいよな、帰りたいなぁ、とぼやきながら海外で年を越していましたが、やっと日本でお正月を迎えられました。

昨年のお正月には確か風水に関心があったのですが、今年は抱負を考えてみました。キーワードだけですが、「積み重ね」、「場数」、「精緻」です。積み重ねと場数はほとんど同じ様な気もしますが。。今年は博士課程の1年目ですが、前半はリサーチ・アウトライン(研究概要)を作って承認を得なければいけませんし、後半はタンザニアで現地調査を始められればと思っています。やることはたくさんありますが、一歩一歩前に進んでいきたいと思います。

IDSのLawrence Haddad所長による「2010年の10の予測(Ten Predictions for 2010)」という記事がIDSのウェブサイトに記載されましたので、ご参考までに。個人的には、60周年を迎えた英連邦(Commonwealth)が今後、重要性を増すのではないかという予想が興味深いです。英連邦にはイギリスの植民地だった国々が加盟していますが、記事にも書いてあるとおり、イギリス植民地ではなかったルワンダが、昨年、英連邦に申請して加盟が認められました。他にアフリカでは、元ポルトガル領のモザンビークも英連邦に入っています。大英帝国の名残のようでいて、今も意義があるのですね。ブライトンに戻ったらちょっと調べてみます。

2009年12月7日月曜日

東京

帰国してからブライトンに関するネタが思いつかず、しばらく間が開いてしまいましたが、来月またブライトンに戻ることになりました。9月まで在籍していたサセックス大学開発学研究所(IDS)で、博士課程に進みます。帰国後すっかり日本の生活に慣れてしまったので、再びイギリスで、しかもほぼ英語だけの生活を送るという実感がわきません。

イギリスは天気が悪いらしく、IDSの先生のメールが「寒くて凍りそうなIDSからこんにちは!(Greetings from a cold frosty IDS!)」で始まっていたり、友人からは「ブライトンには来ないほうがいい(Keep away from Brighton)」というメッセージが・・。たしかに東京はお天気がいいので、イギリスの短い日照時間や、海沿いの強い雨風を思うと、ちょっと憂鬱になります。

ブライトンには、Poundland99p Storeという、日本の100円均一のようなお店があって、私は折りたたみ傘をそこで買っていたのですが、風が強くてすぐに壊れてしまうので、まるで使い捨てカイロのようでした。日本で丈夫な傘を買っていこうかな。

ということで、ブライトン・ジャーナルは来年も続けたいと思います。写真は地元の(ブライトンじゃないですよ)名物です。

2009年10月31日土曜日

日本語

ブライトンについて書こうと思いつつ、日本について。水村美苗さんの『日本語が亡びるとき-英語の世紀の中で』という本を読みました。

著者は、英語でものを書く人たちと、英語以外の言語でものを書く人たちの間には非対称な関係があり、また、西洋と日本には並行しつつも2つの異なる時間が流れていると述べています。私はこれに、理屈ではなく感覚的に、共感を覚えました。


そして、学問とは本来、「読まれるべき言葉」の連鎖であって、世界の普遍語である英語でなされる必然性があると唱えています。このあたりを読んでいると、「なぜあなたは日本語で書くのですか」と問いかけられているような気持ちになります。ただし、著者は日本人もこれからは英語で読み書きすべきと主張しているのではありません。日本語の特殊性や美しさについてもたくさん書かれていますし、著者自身の日本語への強い愛着が感じられます。

因みに私は、自分の中でいくつかの日本語の単語が亡びつつあったことに気づく日々です。些細な話ですが、例えば「次善」という言葉。英語では「セカンド・ベスト」と言いますが、日本語にはぴったりの言葉がないなぁなんて思っていました。とんでもないです。ちゃんと英語と日本語、両方の言葉をセットにして覚えなければと思います。


写真はブライトンの海沿いです。よく散歩していました。

2009年10月23日金曜日

イエス・ミニスター

クラスメイトの間で流行ったものの1つが、80年代に英国放送協会(BBC)が放送した「イエス・ミニスター(かしこまりました、大臣)」とその続編の「イエス・プライムミニスター(かしこまりました、首相)」という政治コメディドラマでした。みんなでお昼に集まって見たりするうちに私もすっかりはまり、DVDを買いました。

「イエス・ミニスター」シリーズでは、内務省大臣のジム・ハッカー、事務次官のハンフリー・アップルビー、秘書官のバーナード・ウーリーが主な登場人物で、大臣VS次官、別の言い方をすると、政治家VS官僚のバトルが繰り広げられます。ハッカー大臣が新しい政策や省内改革を打ち出そうとすると、ハンフリー次官が関係者への根回しと流暢な言い回しで現状維持にもっていこうとし、秘書官のバーナードは2人の板ばさみになる・・というパターンが多いのですが、ブラックユーモアたっぷりで、リアルに作られています。

このシリーズの最終話で、時の運とハンフリーの手腕によって、誰も予想していなかったハッカー大臣が首相に就任し、続編の「イエス・プライムミニスター」シリーズで、同じ3人のやりとりが続きます。

政治家VS官僚というと、今の日本の政治にも関係するなぁと思っていたら、毎日新聞に関連記事が載っていました。インドにはインド版「イエス・ミニスター」があるそうですが、日本でもこういう番組を作ったら、一般の人々にとって政治家や公務員が身近に感じられるようになって良いのではないかと思います。ただ、日本ではここまでブラックユーモアの強い政治コメディは受け入れられないかな・・という気もしますが。

2009年10月6日火曜日

ケニアとタンザニア

修士論文を書いていた8月頃の写真を見つけました。修士論文ではケニアとタンザニアの比較研究をしたのですが、最初に、論文に使えそうな箇所に付箋を貼りながら、ケニアに関する本とタンザニアに関する本を分けました。写真の手前がケニア、奥がタンザニアに関する本の山です。「タンザニアの勝ち。やっぱり私はタンザニアが好きなんだわ・・」などと思いながら、この写真を撮った記憶があります。

2009年9月28日月曜日

キヌアとケフィア

先週水曜に帰国しました。東京はブライトンより暖かくて気持ちが良いです。そして、少しずつ「日本」が自分に浸透してくる感覚がします。心地よくもあり、ちょっと抵抗感もあり。。毎度のことながら。

さて、ブライトンで食べていた食材を2つご紹介。ひとつめは南米の穀物、キヌア(Quinua)(左の写真)。イギリスに行く前から名前は聞いたことがあったのですが、自然食品店Infinityで見つけて買ってみました。見た目は鳥のエサのようなのですが、茹でるとリゾットのようになります。味はほとんどなく、プチプチとした食感が面白いです。キヌアと野菜の煮込みは、ラタトゥイユと並んで、冷蔵庫の野菜室お掃除メニューでした。

ふたつめはケフィア(Kefir)。クラスメイトのNからケフィア粒を分けてもらって育てていました。ケフィアは、日本で以前コマーシャルがあったので知られているかもしれませんが、コーカサス地方のヨーグルトです。「ヨーグルトきのこ」と言われることもあるようです。日本では乾燥した粉末状ケフィアが売られていますが、私がもらったのは生のケフィア粒。見た目はきのこというより、白いそぼろです。瓶に牛乳とケフィアを入れて、常温で1~2日置いておくと牛乳が発酵してヨーグルト状になります。ヨーグルト部分はざるで濾して、ざるに残ったケフィア粒は瓶に戻し、新しい牛乳を足すと、またヨーグルトが作られます。 私は豆乳でも作っていました。

新しい食材を使うのは実験のようで楽しいですが、時々失敗することもあります。以前、エスニック食料品店Tajで売られていたニガウリを使って、ゴーヤチャンプルを作ったら、苦すぎて食べれませんでした。違う種類だったようです。作っている最中、フラットメイトのSから「それは苦いと思うよ」と警告されていたにもかかわず、チャンレンジャーなので、やってみないと気がすまないのでした。