以前ブログに、私が論文を書く時に使っているソフトウェア、エンドノート(Endnote)とスクリブナー(Scrivener)について書きましたが、その後の報告です。予想通りエンドノートの文献数は増え続けて1,000を超え、自分だけのミニ図書館のようになっています。博士論文で文献を引用する際の使い心地も良かったのですが、唯一、Word上で、エンドノートにリンクされている文献の引用箇所を含む文章を、他の場所にカットアンドペーストで移動するときに、Wordとエンドノートがともにフリーズしてしまうことがよくあって、そのたびに両方とも再起動しなければならなかったのがちょっと面倒でした。エンドノートは新しいバージョンが出ているので、そちらだったら改善されているのかもしれませんが、友人が最新のエンドノードはどこか使いにくいようなことも言っていたので、まぁ今使っているバージョン5でも十分だと思っています。
それから、スクリブナーですが、途中まで使っていたのですが、数ヶ月前にWordに移行しました。移行した一番の理由は、スクリブナーはテキスト形式なので、ほとんど図表を入れることができないこと、フォントや行間などのフォーマットをある程度までしか整えることができないこと、それから(最後の理由はそこまで気になりませんでしたが)指導教官からWordでコメントをもらったときにそれを逐一スクリブナーに書き写さないといけないことでした。図表はWordやExcel、PowerPointなどで別途作成しておいたのですが、例えば指導教官に書き終えた章を送るときなどに、スクリブナーからWord形式で出力して、そこに図表を加えてフォーマットを整えて・・という作業をやらなければならず、それに時間がとられてしまったのです。また私は形から入る、というか、早めにフォーマットを整えておきたい方なので、Word形式で出力したあとに毎回フォーマットを整えなければいけないのはちょっと苦手でした。
博士論文の途中まではスクリブナーを使っていたので、使わなかった場合と比べられないのですが、スクリブナーの利点である、簡単に章と章の間を行ったり来たり文章を移動したりできるというのは良かったと思います。ただ、簡単に行き来できるため、すべての章が書きかけのままの状態が長く続いてしまったような気もします。でもやはり何よりも、図表を入れられないことと、フォーマットをある程度までしか整えることができない、別の言い方とすると、Wordに出力しない限り最終的な形を見ることができないことを不便に感じたので、私の場合は博士論文のような長い文章でもWordの方が向いているのかもしれません。
2014年1月21日火曜日
書くこと
それにしても論文を書く過程は長かったです。同じIDSの博士課程に、いったん書く内容が決まったら1週間くらいで一章分のドラフトが書けると言う友人がいてうらやましかったです。内容を固めるのに時間をかけてから、一気に書き上げるそうです。それから、この友人は一番文章がすらすら書けるのは二日酔いの朝だと言っていました。ぼんやりした頭で細かいことは気にせずにシンプルに考えられるので良いそうです。私はお酒を飲まないので実践できませんが・・。
私も以前ブログに書いた通り、じっくり練ってから書こうと思っていましたが、書いてから考えがまとまるということもあるので、とりあえず書いてみようという時もありました。このとりあえず書いてみようの段階で、たくさんエネルギーを使ってしまうと、そのあと不要な部分が出てきた時に捨てられなくなってしまいます。料理で言うと、何をどのくらい調理するかはっきりわからないうちに、はりきって玉ねぎのみじん切りをたくさん作ってしまって、あとから実は少ししかいらなかったという感じです。文章も玉ねぎも使わないことになっても他のものに使えたりするので無駄ではないのですが、切りすぎた玉ねぎのみじん切りが冷蔵庫にたまっていくように、切り取られた文章がフォルダにたまっていきました。
もう今は引退されたIDSのガバナンス・チームの先生とおしゃべりしていたとき、論文を書くスピードが遅いんです・・と言ったら、「私も今でも論文は簡単には書けないわよ。最近も1つ書いたものをすべて没にしたのよ」とおっしゃっていました。没にするという表現は、今も使われているのでしょうか?先生は「I killed the draft(原稿を殺した)」とおっしゃっていたので、印象に残っているのですが。経験を積むことで早くできるようになる部分もある一方で、論文を書くときの苦労はずっとついてまわるんだなと思って、あきらめたというか、ちょっと気が楽になりました。
私も以前ブログに書いた通り、じっくり練ってから書こうと思っていましたが、書いてから考えがまとまるということもあるので、とりあえず書いてみようという時もありました。このとりあえず書いてみようの段階で、たくさんエネルギーを使ってしまうと、そのあと不要な部分が出てきた時に捨てられなくなってしまいます。料理で言うと、何をどのくらい調理するかはっきりわからないうちに、はりきって玉ねぎのみじん切りをたくさん作ってしまって、あとから実は少ししかいらなかったという感じです。文章も玉ねぎも使わないことになっても他のものに使えたりするので無駄ではないのですが、切りすぎた玉ねぎのみじん切りが冷蔵庫にたまっていくように、切り取られた文章がフォルダにたまっていきました。
もう今は引退されたIDSのガバナンス・チームの先生とおしゃべりしていたとき、論文を書くスピードが遅いんです・・と言ったら、「私も今でも論文は簡単には書けないわよ。最近も1つ書いたものをすべて没にしたのよ」とおっしゃっていました。没にするという表現は、今も使われているのでしょうか?先生は「I killed the draft(原稿を殺した)」とおっしゃっていたので、印象に残っているのですが。経験を積むことで早くできるようになる部分もある一方で、論文を書くときの苦労はずっとついてまわるんだなと思って、あきらめたというか、ちょっと気が楽になりました。
2014年1月18日土曜日
論文提出
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。いかがお過ごしでしょうか。
今週水曜、博士論文を大学に提出しました。年末年始もずっと論文漬けの毎日で、特に最後の追い込みは脳の持続力勝負のような状況で大変でしたが、やっと終わってほっとしています。3月中旬にViva(ラテン語のViva Vocaの略)と呼ばれる口答試験がありますが、とりあえず少しゆっくりしようと思っていますので、ブログももう少し頻繁に書きたいと思います。
論文の仕上げの最後の段階で、指導教官からコメントをもらって、結論の章を書き直さないといけなかったのですが、その時点で書き直すための自信も気力も残っていませんでした。そこで、自分がこれまで書いてきたものを見たら少しはやる気が出るかなと思って、このブログを見てみました。ブログの内容は論文には関係なく、日々の出来事が中心ですが、一応読んでいる人に何かを伝えようとして書かれています。それで、誰かに読んでもらう文章は、相手にどんなストーリーを伝えたいかが大事なんだということを思い出して、他の章を読まなくても、結論の章だけでひとつのまとまりになるように気持ちをこめて書き直したら、何とか形になり、指導教官からもOKが出ました。ということで、最後はこのブログに励まされて論文を書き終えた感じです。
今週水曜、博士論文を大学に提出しました。年末年始もずっと論文漬けの毎日で、特に最後の追い込みは脳の持続力勝負のような状況で大変でしたが、やっと終わってほっとしています。3月中旬にViva(ラテン語のViva Vocaの略)と呼ばれる口答試験がありますが、とりあえず少しゆっくりしようと思っていますので、ブログももう少し頻繁に書きたいと思います。
論文の仕上げの最後の段階で、指導教官からコメントをもらって、結論の章を書き直さないといけなかったのですが、その時点で書き直すための自信も気力も残っていませんでした。そこで、自分がこれまで書いてきたものを見たら少しはやる気が出るかなと思って、このブログを見てみました。ブログの内容は論文には関係なく、日々の出来事が中心ですが、一応読んでいる人に何かを伝えようとして書かれています。それで、誰かに読んでもらう文章は、相手にどんなストーリーを伝えたいかが大事なんだということを思い出して、他の章を読まなくても、結論の章だけでひとつのまとまりになるように気持ちをこめて書き直したら、何とか形になり、指導教官からもOKが出ました。ということで、最後はこのブログに励まされて論文を書き終えた感じです。
2013年12月9日月曜日
アメリカ政治学会
前回書いてからまただいぶ時間が経ってしまいましたが、8月、日本の大学での授業が終わった2日後に、シカゴで開かれたアメリカ政治学会(American Political Science Association: APSA、アプサと言います)の年次会合に行きました。APSAは世界最大の政治学会で、今年の会合には6千~7千人が参加していたそうです。
APSAには前から一度行きたいと思っていましたが、大西洋の向こう側で遠いので(イギリス人はイギリスとアメリカの違いについて話すときに大西洋を挟んで・・という表現をたまにするので真似てみました)、様子を見に行くことも難しく、自分も論文を発表しつつ参加することにしました。
今回特にAPSAの年次会合に行きたかったのは、会合中に、昨年IDSを引退した私の指導教官のアフリカ研究50周年記念の夕食会が開かれることになり、先生の現役・元教え子たちが招待されたからでした。先生はサセックス大学に来る前にカリフォルニア大学で長年教鞭をとられていて、これまでに70人以上の博士課程の学生を指導されました。私は一番最後の教え子です。元教え子たちは今はアメリカの様々な大学の先生となっていて、APSAの中のアフリカ政治研究グループの中心的な役割を担っています。先生は教え子たちの発表はすべて聞きに行くとおっしゃり、私の発表にも来てくださいました。
先生を囲んだ夕食会では、元教え子たちが順番に先生との思い出を語り、先生の温かい人柄がよくわかって、改めて指導していただいていることを有難く思いました。ディナーの最後に、先生の隣に座っていた(おそらく先生より年上の)元教え子が、「先生のような人はなかなかいない、特別だよ(He is one of a kind)」とみんなに向かって言うと、先生が「まぁ、他の先生たちもみんな(教え子にとっては)特別な存在でしょう」と謙遜気味に言いました。そのあと、その人が「私たちにとって特別な先生ということだよ(He is 'our' one of a kind)」と言い、全員が静かに頷いて、会がお開きになりました。訳すとちょっと平凡な感じになってしまいますが、「'our' one of a kind」という表現が、アメリカらしくて、教え子が恩師を囲むその場の雰囲気にぴったりで、とても印象に残っています。
APSAには前から一度行きたいと思っていましたが、大西洋の向こう側で遠いので(イギリス人はイギリスとアメリカの違いについて話すときに大西洋を挟んで・・という表現をたまにするので真似てみました)、様子を見に行くことも難しく、自分も論文を発表しつつ参加することにしました。
今回特にAPSAの年次会合に行きたかったのは、会合中に、昨年IDSを引退した私の指導教官のアフリカ研究50周年記念の夕食会が開かれることになり、先生の現役・元教え子たちが招待されたからでした。先生はサセックス大学に来る前にカリフォルニア大学で長年教鞭をとられていて、これまでに70人以上の博士課程の学生を指導されました。私は一番最後の教え子です。元教え子たちは今はアメリカの様々な大学の先生となっていて、APSAの中のアフリカ政治研究グループの中心的な役割を担っています。先生は教え子たちの発表はすべて聞きに行くとおっしゃり、私の発表にも来てくださいました。
先生を囲んだ夕食会では、元教え子たちが順番に先生との思い出を語り、先生の温かい人柄がよくわかって、改めて指導していただいていることを有難く思いました。ディナーの最後に、先生の隣に座っていた(おそらく先生より年上の)元教え子が、「先生のような人はなかなかいない、特別だよ(He is one of a kind)」とみんなに向かって言うと、先生が「まぁ、他の先生たちもみんな(教え子にとっては)特別な存在でしょう」と謙遜気味に言いました。そのあと、その人が「私たちにとって特別な先生ということだよ(He is 'our' one of a kind)」と言い、全員が静かに頷いて、会がお開きになりました。訳すとちょっと平凡な感じになってしまいますが、「'our' one of a kind」という表現が、アメリカらしくて、教え子が恩師を囲むその場の雰囲気にぴったりで、とても印象に残っています。
2013年9月26日木曜日
教えること
前回書いてから3か月経ってしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。私は8月に日本の大学でアフリカ政治の授業を教える機会をいただきました。アフリカについて単発でお話しすることは今までもありましたが、大学で連続した講義を行うのは初めてでした。受講生のみなさんはアフリカに様々な角度から関心をもっていて、アフリカに行ったことのある方、これから行く予定の方もいて、熱心に話を聞いてくださって、とても貴重な経験となりました。
授業の準備をしながら、大学で教えることについて考えました。
私は大学の学部は、知(knowledge)を消費(consume)するトレーニングの場で、大学院(特に博士課程)は、知を生産(produce)するトレーニングの場だと考えています。学部と大学院の違いは、知のconsumerからproducerに変わることです。学部では既存の知識や議論を幅広く理解することが求められますが、博士課程では、そういった既存の知を土台にして、独自の研究を行い、その結果を新しい知として生み出すことが求められます。他の誰かがすでにやったのと同じ研究を行ってもあまり価値がありません。博士号は、専門分野で新しい知を生み出す能力を身につけたことの証明と言ってもよいかもしれません。修士課程はプログラムや人によって異なりますが、この2つの中間というイメージです。
それでは、大学で教えるというのはどういうことだろう?と考えてみて、知識を再生産(reproduce)することかなと思いました。大学で教える内容は、それぞれの分野で構築された知識や議論です。だから、研究しているときのような先へ先へ・・という意識ではなくて、立ち止まってこれまでに蓄積されたものを幅広く見直さなければいけません。そして、知識を解釈したり体系づけたりする際には工夫が必要になりますし、内容についても伝え方についても研究とは違ったオリジナリティを発揮することができます。あたり前のことのようですが、私はすっかり研究マインドになっていたので、意識の切り替えが必要でした。
それから、教える際に何を目標にしたらいいかな?とも考えて、これについてはベトナムの禅僧ティック・ナット・ハン師の教えからヒントを得ました。同師は、良い先生は、生徒に対して、生徒の中に先生がいること、そして先生の中にも生徒がいることを教えてくれる人だとおっしゃっています(こちらに記事があります)。
私はこの考え方をもとに、学生の中にアフリカについて学ぶ上での先生を目覚めさせることを目指しました。もともと学生の中に先生の卵があって、それを孵化させるようなイメージです。授業では基礎的な知識を伝えることが第一ですが、それは良い本を読めば大体習得できます。私としては、学生が授業で取り上げた内容に関心や疑問をもって、もっと理解したいと思うようになり、それを理解するための方法がわかるようになったら理想的です。学生の中の先生が目覚めたら、学生はその先生の声を聴きながら、自主的に学んだり判断したりすることができるようになります。
ということで、受講生に書いていただいた授業の感想の中で、授業で紹介された本を読んでみたい、もっとアフリカについて調べてみたい、というコメントが特に嬉しかったです。もともと意識の高い学生さんが多かったということもありますが。同時に工夫すべき点もいろいろわかりました。こちらが学ばせていただいて有難い限りです。
授業の準備をしながら、大学で教えることについて考えました。
私は大学の学部は、知(knowledge)を消費(consume)するトレーニングの場で、大学院(特に博士課程)は、知を生産(produce)するトレーニングの場だと考えています。学部と大学院の違いは、知のconsumerからproducerに変わることです。学部では既存の知識や議論を幅広く理解することが求められますが、博士課程では、そういった既存の知を土台にして、独自の研究を行い、その結果を新しい知として生み出すことが求められます。他の誰かがすでにやったのと同じ研究を行ってもあまり価値がありません。博士号は、専門分野で新しい知を生み出す能力を身につけたことの証明と言ってもよいかもしれません。修士課程はプログラムや人によって異なりますが、この2つの中間というイメージです。
それでは、大学で教えるというのはどういうことだろう?と考えてみて、知識を再生産(reproduce)することかなと思いました。大学で教える内容は、それぞれの分野で構築された知識や議論です。だから、研究しているときのような先へ先へ・・という意識ではなくて、立ち止まってこれまでに蓄積されたものを幅広く見直さなければいけません。そして、知識を解釈したり体系づけたりする際には工夫が必要になりますし、内容についても伝え方についても研究とは違ったオリジナリティを発揮することができます。あたり前のことのようですが、私はすっかり研究マインドになっていたので、意識の切り替えが必要でした。
それから、教える際に何を目標にしたらいいかな?とも考えて、これについてはベトナムの禅僧ティック・ナット・ハン師の教えからヒントを得ました。同師は、良い先生は、生徒に対して、生徒の中に先生がいること、そして先生の中にも生徒がいることを教えてくれる人だとおっしゃっています(こちらに記事があります)。
私はこの考え方をもとに、学生の中にアフリカについて学ぶ上での先生を目覚めさせることを目指しました。もともと学生の中に先生の卵があって、それを孵化させるようなイメージです。授業では基礎的な知識を伝えることが第一ですが、それは良い本を読めば大体習得できます。私としては、学生が授業で取り上げた内容に関心や疑問をもって、もっと理解したいと思うようになり、それを理解するための方法がわかるようになったら理想的です。学生の中の先生が目覚めたら、学生はその先生の声を聴きながら、自主的に学んだり判断したりすることができるようになります。
ということで、受講生に書いていただいた授業の感想の中で、授業で紹介された本を読んでみたい、もっとアフリカについて調べてみたい、というコメントが特に嬉しかったです。もともと意識の高い学生さんが多かったということもありますが。同時に工夫すべき点もいろいろわかりました。こちらが学ばせていただいて有難い限りです。
2013年6月22日土曜日
2013年5月27日月曜日
アフリカ共同訪問
前回ブログを書いてから時間が経ってしまいましたが、ブライトンも長い冬の時代が終わり、春になりました。会話やメールでよく「Enjoy the sunshine !」というフレーズが使われます。ただ、晴れたり曇ったり雨が降ったりと不安定なところがイギリスらしいです。
今月中旬、ジム・ヨン・キム世界銀行総裁と潘基文(パン・ギムン)国連事務総長が、アフリカの大湖地域を共同訪問されました。その写真を見て、世銀と国連のトップがともに韓国人・韓国系というのはすごいなと改めて思いました。そして、たまたまそういう写真が多いのかもしれませんが、お二人の仲の良さそうな雰囲気が出ています。お二人だけでお話しされる時は韓国語なのかな。。
以下のサイトに写真が載っています。
'Jim Kim Visits Africa’s Great Lakes region'
今月中旬、ジム・ヨン・キム世界銀行総裁と潘基文(パン・ギムン)国連事務総長が、アフリカの大湖地域を共同訪問されました。その写真を見て、世銀と国連のトップがともに韓国人・韓国系というのはすごいなと改めて思いました。そして、たまたまそういう写真が多いのかもしれませんが、お二人の仲の良さそうな雰囲気が出ています。お二人だけでお話しされる時は韓国語なのかな。。
以下のサイトに写真が載っています。
'Jim Kim Visits Africa’s Great Lakes region'
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