前回ブログを更新してから、1ヶ月以上も間が空いてしまいました。 5月の終わりに体調を崩した後、たまたまいくつも予定が入り、リサーチ・アシスタントの仕事もしつつ、論文を2つ書くという状況で、珍しくかけ足の日々を送っていました。今日、論文を提出したので、ここで一段落です。
5月の終わりに体調を崩したのは、ウイルス性胃腸炎にかかったためでした。暖かくなったので、もう風邪はひかないだろうと思っていたら、ウイルスにやられるとは・・。
2日半何も食べられず、そのうち体が水も受けつけなくなり、食あたりか風邪か何だかわからないし、寝ているだけで治るのかわからず不安になったので、お医者さんに診てもらいました。
イギリスの一般開業医(general practitioner)に診てもらうのは初めてでしたが、先生は聴診器をあてることもなく、症状を聞いただけで、ウイルス性胃腸炎だろうと診断。gastroenteritis(胃腸炎)という英単語を覚えました。
お医者さんに原因と対処法を教えてもらって安心したせいか、その日の夜から回復しました。3日間何も食べなかった後、スープを飲んだ時、休憩していた胃が「もう仕事っすか」と言いながら、重い腰を上げているような感じがしました。胃腸のありがたさを感じた次第です。
それに人間は強いなぁと思ったのですが、数日食べなくても、体は弱らないのですね。むしろ睡眠をしっかりとって、頭も体もすっきりした感じでした。言ってみればプチ断食のようなものです。今の時代は過食傾向にあるので、たまに食べない日を作って胃腸を休ませるプチ断食は体にいいんだろうなと思います。ただウイルスに支配されるのはこりごりですが。
2009年5月11日月曜日
餃子パーティー
餃子を食べるのは私も久しぶりでしたが、焼きたてはやっぱり美味しいですね。他に、ひじきと大豆の甘辛煮、そうめんサラダ、揚げ豆腐、それからデザートとして杏仁豆腐を作りましたが、みんな美味しいと言っていたのでよかったです。私はひじきは黒いし海藻だし、もしかしたら抵抗あるかなと心配だったのですが、好評でした。
料理と言えば、うちのフラットでは、順番に自分の国の料理をフラットメイトに作るということをしてきていて、これまでに、クロアチア料理、コソボ料理(・・というかたぶんあれはイタリアンだったと思う)、インド料理、メキシコ料理(スペイン人のAが作った)をいただきました。どれも美味しかったし、フラットメイトが全員集まって、わいわいしゃべりながらご飯を食べるのは楽しいです。最後に残ったのは私の番。今のところ、手巻き寿司にしようかなぁと思っています。お寿司はレストランで食べられるけど、手巻き寿司はなかなかできないと思うので。そして、納豆も出してみようかと思っています・・。みんなの反応が楽しみ。
写真はパリの凱旋門です。
2009年5月7日木曜日
夏学期の授業
さて、4月20日に始まった今学期の授業をご紹介します。秋学期・春学期は10週間でしたが、今学期は授業が6週間だけで、その後、6月末に3千語の論文を2つ提出して終わりです。 また、秋・春学期の授業は、2時間の講義と1時間半のゼミから成っていましたが、今学期の授業は2時間の講義のみで、ゼミはありません。私が履修しているのは以下の3科目です。
①『貧困層向けの政策改革の政治(Politics of Pro-poor Policy Reform)』
②『地方分権と地方政府(Decentralisation and Local Government)』
③『専門能力向上ワークショップ(Professional Skills Workshop)』
今学期はIDSの他の修士プログラムも含めた幅広い科目のなかから、どれでも2科目とることができます。私は結局、2科目(①と②)ともガバナンス・チームの先生の授業をとりました。
①の先生は、80年代にタンザニアのダルエスサラーム大学で教えていらっしゃったこともあるアフリカの専門家です。途上国の貧困層に配慮した政策に焦点がしぼられるのかと思っていたのですが、公共政策全般にあてはまる内容なので、個人的にはより興味をもって講義を聴いています。また、学生はそれぞれひとつ事例を担当していて、毎週のリーディングで出てきた理論が、その事例にあてはまるかを考えてくることが課題になっています。例えば私は参加型の計画立案がうまくいったモザンビークの事例を担当しています。
②は、ガバナンス修士プログラムのチューターをされている先生の授業。この科目には、ブライトンの隣のルイス(Lewes)市の市役所から町役場への分権状況について調査するという内容が含まれています。私のグループも来週、ニューヘヴン(Newhaven)町役場にインタビューに行く予定です。イギリスの地方行政について学べて面白いです。
③のワークショップは、秋・春学期に続き、修士の学生全員を対象としている科目です。今週、今学期が終わったあとに書くことになる修士論文に関するリサーチ・メソッド(調査手法)の授業があり、リサーチの基礎を学びました。
2009年5月3日日曜日
パリ④
私は19世紀後期の印象派、特にクロード・モネの絵が好きなのですが、オランジェリー美術館にはモネの睡蓮の絵が四方をぐるりと囲む部屋がありました。
オルセー美術館(右上の写真)は、1900年のパリ万博のときに建てられた駅舎を利用してつくられた美術館で、内装や美術品の展示の仕方のセンスが良くて、個人的にはルーヴル美術館より気に入りました。
オルセー美術館(右上の写真)は、1900年のパリ万博のときに建てられた駅舎を利用してつくられた美術館で、内装や美術品の展示の仕方のセンスが良くて、個人的にはルーヴル美術館より気に入りました。
「死の床のカミーユ」の話は10年以上前にさかのぼります・・。高校3年生のときに小論文の授業で読んだある文章に、「画家は、大きな絵を描くときでも、腕(+筆)の長さが決まっているから、キャンバスの近くから絵を描くが、絵全体がどんなふうに見えるか確認するために、時々絵を遠くから見る。絵を鑑賞する時には、画家と同じように絵を近くから見たり、遠くから見たりするのが良い」と書いてありました。絵のみならず、物事は近くから見るのと遠くから見るのとでは違って見えてくるという主旨です。
私はそれを読んだあと、たまたま上野で開かれたオルセー美術館展に行ったので、試しに絵を遠くからと近くから見てみました。すると、モネの絵は、近くでみると勢いだけでいい加減に線を描いたようなのに、遠く離れると、風景や人物の輪郭、光の明暗がくっきりと見えました。遠くに離れれば離れるほど、くっきりとしてきて、きめ細かく描かれた写実的な絵よりも、鮮明でした。
近くで見ると雑なのに、遠くから見たらくっきりと絵が浮かび上がる、この差が面白くて、絵に近づいたり離れたり、ジグザグに歩きながら、絵を見ていきました。ところが、唯一モネが描いた「死の床のカミーユ」だけは遠くから見ても近くから見ても、灰色でぼんやりとしていて、輪郭や色がはっきりと見えませんでした。
「死の床のカミーユ」は、モネが息をひきとっていく妻カミーユを描いたものです。私はそのとき、モネは愛する人を失っていく時に感じた悲しみや喪失感などの感情を、絵で表現するより他なかったのではないかなと思いました。私は単純なので悲しければ泣きますが、悲しみを怒りで表す人もいます。モネの場合は、絵を描くということだったのではないか。感情のままに描いたから、遠くから見たらどんなふうに見えるかという計算をしていないから、遠くから見てもぼんやりしているのではないか。「死の床のカミーユ」からは、モネが絵を描かなければいてもたってもいられなかった、その時の悲しみが伝わってくるような気がしたのです。
先月、パリのオルセー美術館で、10年以上ぶりに「死の床のカミーユ」を見たとき、この絵に再会できた喜び、再びモネの悲しみに触れたような感覚、それから初めて絵を見たときの自分の素直な感性、あれから過ぎた10年の月日・・などに思いを馳せて、胸がいっぱいになったのでした。
2009年4月29日水曜日
パリ③
最初に行ったのが、小説「ダ・ヴィンチ・コード」を読んでから一度行きたいと思っていたルーヴル美術館(Musée du Louvre)。暖かい季節になったせいか、パリ全体に観光客が多かったのですが、ルーヴルは特に人が多かったです。
美術館は、3つの建物に分かれていて、館内の地図を持っていたのに、迷って何度も同じところに出たりしました。見た主なものとしては、世界史の教科書に出てきたハンムラビ法典、モナ・リザ、サモトラケのニケ、ミロのヴィーナスなどです。迷って何度も見たのは、サモトラケのニケ(右の写真)で、階段の途中にあるのですが、向かって左下から見上げると、驚くほどセクシーなのでした。ルーヴルに行く機会のある方は是非見てみてください。
2009年4月13日月曜日
パリ②
ホテルのようにフロントや朝食などのサービスは受けられませんが、チェックインの時にスタッフの方が部屋の使い方を丁寧に教えてくれましたし、一般の人たちが住んでいる普通のアパートなので、数日ながらパリに住んでいるような気分を味わうことができて良かったです。
2009年4月11日土曜日
パリ①
4月5~9日、パリに行ってきました。パリは学部生の頃に友達と1泊だけ行って以来です。渡米してからも細々とフランス語を勉強していたので、以前はフランスに行きたいとよく思っていましたが、結局10年近く行っていないのでした。 タンザニアでスワヒリ語をかじってから、フランス語は忘れる一方でしたし。
行きは日曜でしたが、ブライトン・ロンドン間の鉄道は、週末恒例の線路工事をしていて、電車の時間が変更されていました。事前に電車のチケットを買った際、変更後の時刻表をもらっていたので、それにあわせて出かけたのですが、ブライトン駅に着いたら、さらに変更になっていて、途中のスリー・ブリッジ(Three Bridges)駅まで、臨時バスに乗れ、と言われました。どのくらいかかるのか聞いたら、バス約45分、スリー・ブリッジからロンドンまでは電車で約15分くらいとの話。ところが実際にはバスも電車もいわゆる各駅停車で、計2時間半近くかかりました(通常は急行で約1時間)。因みにロンドン・パリ間はユーロスターで2時間半弱なので、だいたい同じくらい時間がかかったことになります。
ロンドンのユーロスター発着駅のセント・パンクラス(St. Pancras)に着き、セキュリティ・チェックや入国審査に思ったより時間がかからなかったので(フランスへの入国審査はロンドンでユーロスターに乗る前に行われます)、結果的に間に合いましたが、途中で何度もこれはユーロスターに乗り遅れるかも、と思いました。イギリスの鉄道がこんなで良いのでしょうか。それとも週末は移動するな、という文化なのかな?
セント・パンクラス駅からパリ北(Gare Du Nord)駅までは、隣の席が空いていたこともあって快適でした。パリに到着したら、当然、表示はフランス語ばかりですが、思ったよりフランス語の意味がわかってちょっとびっくり。すっかり忘れたと思ってました。それにフランス語の音がすてきでした。語尾が切れ切れのイギリス英語の後に聞くと特に。。
パリに着いたところまでしか書いていませんが、続きはまた次回。写真も次回載せます。
行きは日曜でしたが、ブライトン・ロンドン間の鉄道は、週末恒例の線路工事をしていて、電車の時間が変更されていました。事前に電車のチケットを買った際、変更後の時刻表をもらっていたので、それにあわせて出かけたのですが、ブライトン駅に着いたら、さらに変更になっていて、途中のスリー・ブリッジ(Three Bridges)駅まで、臨時バスに乗れ、と言われました。どのくらいかかるのか聞いたら、バス約45分、スリー・ブリッジからロンドンまでは電車で約15分くらいとの話。ところが実際にはバスも電車もいわゆる各駅停車で、計2時間半近くかかりました(通常は急行で約1時間)。因みにロンドン・パリ間はユーロスターで2時間半弱なので、だいたい同じくらい時間がかかったことになります。
ロンドンのユーロスター発着駅のセント・パンクラス(St. Pancras)に着き、セキュリティ・チェックや入国審査に思ったより時間がかからなかったので(フランスへの入国審査はロンドンでユーロスターに乗る前に行われます)、結果的に間に合いましたが、途中で何度もこれはユーロスターに乗り遅れるかも、と思いました。イギリスの鉄道がこんなで良いのでしょうか。それとも週末は移動するな、という文化なのかな?
セント・パンクラス駅からパリ北(Gare Du Nord)駅までは、隣の席が空いていたこともあって快適でした。パリに到着したら、当然、表示はフランス語ばかりですが、思ったよりフランス語の意味がわかってちょっとびっくり。すっかり忘れたと思ってました。それにフランス語の音がすてきでした。語尾が切れ切れのイギリス英語の後に聞くと特に。。
パリに着いたところまでしか書いていませんが、続きはまた次回。写真も次回載せます。
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